『日常のSDGs』 1. 「貧困をなくそう」(1)
お久しぶりです。大学院の授業の課題に追われて、更新が滞ってしまいました。
第1回のブログで書きましたが、先週の朝活から
というテーマで、SDGsを達成するために日常生活の中で何ができるか、を話し始めました。
先週の朝活では、SDGsの目標1、
「貧困をなくそう」
をテーマに、身の回りにある「貧困」とは、そして自分たちにできることは何か、を話し合いました。
「貧困」というと、SDGsに書かれている内容からも、自分たちのイメージでも、発展途上国での貧困を思い浮かべがちです。
しかし、日本にも貧困は存在します。
ひとくくりに考えることはできず、またこれで全てというわけではありませんが、
・ホームレスの人たち
・高齢者の貧困
・大学生の貧困
・子どもの貧困
など、実際には身近に多くの問題がひそんでいることに気づきます。
これらの問題を解決したいと考えたときに、私たちがしてしまいがちなのが、
「自分は彼ら/彼女らのために、何ができるか」
という思考だと思います。
もちろん、この思考が間違っているわけではありません。困っている人たちを見たら、何か力になってあげたい、と思うのは当然のことだと思います。
でも、外からの支援をいつまでも続けるわけにはいきません。
これは途上国支援についてもいえますが、金銭・物資の支援は一時的で、それがなくなったとき、再び苦しい状態になることが多いと感じます。
悪い場合には、与える・与えられる、という依存の構造を強化することになっているように思います。
本当に困っている人たちのことを思い、問題を根本から解決するには、
「彼ら/彼女らが自分たちで貧困を抜け出すには、どのようなサポートができるか」
という思考をすべきだと思います。
このような形のサポートは、金銭・物資の支援のような即効性はなく、それにかかわるには、時間と体力・精神力を注ぎ込む覚悟が必要です。全ての人がかかわる必要はないと思いますし、私自身も何かそのようなことを行っているわけではありません。
それでも、生きづらさを感じている人、そしてその人に寄り添う人を「誰一人取り残すことなく」、一緒に伴走していけるような社会が、「持続可能な社会」なのではないでしょうか。
次回以降は、自らの時間と体力・精神力を注ぎ込み、貧困を抜け出すためのサポートを行っている人・団体にスポットライトを当てたいと思います。